三菱 ルーフに関する中古車

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三菱 ルーフに関する旅行記

上海外灘物語(20):中山東一路24号-横浜正金銀行上海支店...

新中国成立前、上海には横浜正金銀行以外にも台湾銀行(外灘16号)・住友銀行・三菱銀行・三井銀行・上海銀行・漢口銀行・朝鮮銀行・中華匯業銀行・大東銀行と日本資本10行がひしめき合っていましたが、横浜正金銀行が最初に上海へ進出した銀行でした。  
横浜正金銀行は1879年に明治政府の国立銀行条例に基づき官民出資で設立されて存在した特殊銀行で、1880年に横浜に本店を置き開業しました。  
設立時には香港上海銀行(HSBC)を模範とし、HSBCも協力を惜しまなかったとか。

2010/09/04 05:09:38

バスに負けてる(T_T)・・・...

 今回初めて、知人の紹介によって、三菱ふそうバス製造株式会社にお邪魔しました。
 残念ながら、新規エンジンの製造等がされているとのことで、工場内部には入れませんでしたが、たまたまバスの検収作業(発注内容の確認)をされていた、バス会社の社長さんにお願いして、新車を見せていただきました。バスは1台毎の特注だそうで、それで確認の為に来られていたようでした。値段もかなりするとのことでした(家が一軒建つみたい(*_*))。
 突然の申し出にも地元(福岡)で見慣れたカラーリングだったので、「もしかして見せてもらえるかも・・・」と期待しつつ尋ねてみたら、同郷ということもあって快く応じてくださいました。
 工場は見学できませんでしたが、朝一番で福岡から来た甲斐がありました。やっぱり新車というのは大きさに関わらず、いいものですねぇ~。しかもバスには液晶テレビとDVDがついているのを初めて見ちゃいました。もちろん地上派デジタルを受信できるようにするそうです。まだ家のテレビは対応できていないのに・・・。バスに負けてる(T_T)・・・。
 社長さん、本当にありがとうございました。

 しかしこれからが本番!気を取り直して、この後は市内に戻って、観光とおいしい海の幸ととっても美味しいお酒を求めて、グルグルと徘徊するぞ~!

今回も南福岡観光さんにお世話になりました。
ご興味のある方は・・・
 URL:http://minamifukuoka.fc2web.com

2010/09/01 09:09:10

きたぜ!! 2010 新婚旅行 IN フヴァル島!!...

7/17(土)スプリットでAM8:00からフヴァル行の高速船のチケットが販売の為、朝からスプリットのチケット売り場に買いに行き、チケットGET!!(当日販売しかなし☆)
その後、苫屋に戻り、10:00 にタクシーにのるが、少し乗ったところで、渋滞しているため、運転手に乗車拒否されて、港まで歩いていく。
スプリットから高速船→ 11:30 に乗り 12:20 フヴァル島に到着。船を降りると、、『Riva,hvar yacht harbour hotel』の人がいて、荷物を運んでもらい、チェックイン。しばらく休憩後、7/18(日)の『青の洞窟ツアー』を探すが、アトラス他、本に載ってた旅行会社は、日曜日なくて、アトラスのおばちゃんに頼んだら、8人集まれば、催行するといわれて、連絡待ちになる。ホテルに戻り、アドリアーナホテルのプールにいく途中、アトラスのおばちゃんに会い、)『青の洞窟ツアー』がOKになる。アドリアーナホテルプールで泳ぎ、その後、アンフォラホテルの前のブルーフラッグビーチに泳ぎいく。
その後、ホテルに戻り、19:00 ぐらいからレストラン『RUNA』でディナー☆


フヴァル島から 18日(日)『青の洞窟ツアー』  19日(月)『ブラチュ島ボルツアー』

2010/09/01 09:09:22

2002春、フラワードーム(1)会場光景、メインの飾付け、蘭...

 『フラワードーム2002』の概要について、公式HPから紹介します。

◎主催者:フラワードーム実行委員会
◎構成団体:愛知県、名古屋市、中日新聞社、東海テレビ放送、愛知県花き温室園芸組合、名古屋国際蘭展組織委員会
◎特別協賛:マスプロ電工、富士写真フィルム
◎協賛:中京コカコーラボトリング、NTTドコモ東海、東急グループ、JTBトヨタ自動車、名古屋鉄道、松坂屋、中部電力ほか
◎開催期間:2002年3月16日(土曜日)~3月21日(木曜日)
◎名古屋国際蘭展・特別展示「シンビジウム今昔物語」
「シンビジュウム今昔物語」について、展示パネルに記載された内容から紹介します。

 『過去の代表的なシンビジウムから将来人気を博しそうな未来のシンビジウムまでが集う「ランのタイムトンネル」です。幕末に活躍したトーマス・グラバー氏ゆかりの「シンビジウム・トラシアナム」をはじめとする原種や、人気の交配種について時代を追って約40種類展示しております。どれも貴重なランばかりで、これだけの数が一堂にそろうのは他に例を見ないでしょう。それぞれのランの年代と交配について注意深く見て下さい。ランを取り巻く時代の移ろいが味わえて、何世代も続く交配の歴史の一端にも触れていただくことができます。どうぞゆっくりご覧ください』
○展示協力:長崎県亜熱帯植物園、(有)向山蘭園、(株)河野メリクロン、東海市立農業センター、やまはる園芸

 次に、グラバーについても、「ウィキペディ」を参照して紹介します。

◎トーマス・ブレーク・グラバー(1838年-1911年)
 グラバーは、幕末に活躍した商人で、明治以降は高島炭鉱の経営に当たりました。もともと武器商人であすが、蒸気機関車の試走、ドック建設、炭鉱開発など日本の近代化に果たした役割は大きいとされます。造船の街・長崎の基礎をつくりました。
彼は、スコットランド・アバディーン州で沿岸警備隊の1等航海士トーマス・ベリー・グラバーとメアリーの間に8人兄弟姉妹の5番目として生まれました。ギムナジウムを卒業し、1859年、上海に渡りジャーディン・マセソン商会に入社しました。
 その後、開港後まもない長崎に移り、2年後にジャーディン・マセソン商会の長崎代理店としてグラバー商会を設立、貿易業を営みました。薩摩、長州、土佐ら討幕派を支援し、武器や弾薬を販売しました。薩摩藩の五代友厚、森有礼、寺島宗則、長沢鼎らの海外留学の手引きました。
 1865年、大浦海岸で日本初の蒸気機関車アイアン・デューク号を走らせました。1868年(明治元)、肥前藩と契約して高島炭鉱の開発に着手しました。また、長崎の小菅に船工場(史跡)を作っています。
 明治維新後、武器が売れなくなったことや諸藩からの資金回収が滞ったことなどで1870年(明治3年)グラバー商会は破産しました。ただし、高島炭鉱(のち官営)の実質的経営者として日本に留まりました。明治14年、官営事業払い下げ後、三菱の岩崎弥太郎が高島炭鉱を買収してからも所長として経営に当たりました。
 日本人のツルと結婚、長女・ハナ、長男・倉場富三郎(Thomas Albert Glover, グラバー→倉場)が誕生しました。晩年は東京で過ごし、1908年(明治41年)、外国人としては初めて勲二等旭日重光章を授与されました。1911年(明治44年)に死去しました。墓は長崎市内にあります。邸宅跡がグラバー園として公開され、長崎の観光名所になっています。
 グラバーはスコットランド系フリーメイソンリーのフリーメイソンで邸内に、フリーメイソンリーのマークをみることができます。

フラワードーム紹介の一覧です。

*フラワードーム2009(4トラ)
http://4travel.jp/traveler/tabitonokumasan/album/10317418/
*フラワードーム2008(4トラ)
http://4travel.jp/traveler/tabitonokumasan/album/10225858/
*フラワードーム2007(4トラ)
http://4travel.jp/traveler/tabitonokumasan/album/10427178/
*フラワードーム2006(4トラ)
http://4travel.jp/traveler/tabitonokumasan/album/10426293/
*フラワードーム2005
(開催中止)
*フラワードーム2002(4トラ)
http://4travel.jp/traveler/tabitonokumasan/album/10428105/
*フラワードーム2000~2004(ホームページ)
http://www.geocities.jp/tabitonokumasan/ran.html

2010/08/29 02:08:02

2005暮、タイ王国旅行記(3):12月18日(1)バンコク...

<2005年12月18日(日)>

 旅行2日目となりました。今日はバンコク市内の見学を当て、翌日に近郊のアユタヤ遺跡見学の予定です。HI*さんの市内の名所早巡りツアーに参加者は4名だったようですが、3名で出発しました。別のホテルの1名の方が時間に間に合わず、大分待ちぼうけとなりました。朝のラッシュが迫っていましたので、ご本人にもガイドさんから連絡してもらって、結局ワゴン車は、見切り発車となりました。

<ホテルの朝食、早朝の散歩>
 昨晩は、比較的早く就寝しましたので、4時には目が覚めました。余り早く起きても仕方ありませんので、結局起き出したのは5時45分でした。
 朝食のメニューを少し紹介しておきます。洋食とタイ料理が主体のバイキング方式です。大きなホテルですから、席も余裕を持って配置してありました。品数も豊富でした。
 暖かい国ですから、果物類も種類が豊富で、味の方も申し分ありませんでした。普段は余り果物を食べませんが、こんな時は別です。各種の果物を少しだけカップに盛って、食後のフルーツを楽しみました。トロピカルなフルーツのほか、スイカなども出されました。その数は10種類以上でした。細かく数えれば20種類近かったかも知れません。
 食事の後は、カメラを持って早朝の散歩に出かけました。市内見学の車が迎えに来てくれる7時半に、まだ1時間以上の余裕があったからです。扉が開かれていた公共施設のような大きな屋敷の入口付近で花の写真を撮っていましたら、中から黒塗りの公用車がゆっくり出てきました。どうやら高級官僚の官舎だったようです。車が出て行った後、その門はぴったりと閉ってしまいました。

<ガイドさんからお聞きしたタイ王国事情>
 最初に、お聞きしたことを箇条書で記しておきます。内容についての統一性はありません。メモした順番です。
?女性と、男性では挨拶は違います。男性の場合、サワッディー・クラ(ップ)です。朝も昼も使えます。
?バンコクでは、雪は降りません。(以下、気候はバンコクの場合)
?一番暑いのは4月です。昨年(2004年)は41度Cになりました。
?12月と1月がベストシーズンです。
?タクシーの初乗り料金は35バーツ(約100円)です。その後は100mごとに2バーツです。
?タクシーで黄と緑のツートンカラーは個人、その他は会社所有です。
?メーターの無い、ツック・ツックと言う乗り物もあります。
?高架電車はスカイトレイン、BTS等と呼ばれています。運行時間は朝の6時から、夜の12時までです。
?サイアム駅付近が中心街となります。
?国民の95%が仏教徒です。タイでは小乗仏教です。
?全国で約2万のお寺があります。
?お坊さんは結婚できません。尼さんもいます。
?お坊さんは、一切アルコールは禁止されています。飲むと、それまでの修行が全て駄目になると考えます。
?男子は21歳で徴兵制があります。
?徴兵は全員ではなく、くじ引きで決めます。
?黒い籤が75%、赤い籤が25%あり、赤い籤を引くと2年間の兵役となります。(4人に1人)
?男子は、一定期間仏門に入る義務が生じます。
?日本の車で多いのは、トヨタ、ホンダ、日産、三菱の順です。三菱は急激に減っています。
?1戸建て住宅の値段は約100万バーツです。
?タイ国旗の青は王様、白が宗教(仏教)、赤が国を表しています。
 紹介は以上にしておきますが、王様のことや、閣僚のことなども色々とお聞きしました。ラーマ九世であるプミポン国王は、来年(2006年)、在位60年を迎えられるので、世界中の君主国へ招待状を出される予定との話題も出ました。勿論、日本もその中に含まれていますが、全部で21、2カ国のようです。
 その後の人本の新聞記事で、プミポン国王から正式に招待状が届いたことが報道されていました。

<ワット・アルン>
 最初にワット・アルンの紹介です。ワットの文字が度々出てきますが、これはお寺のことです。ワット・アルンの正式名称はワット・アルン・ラチャクラーラムです。通称、『暁の寺』とも呼ばれ、日本でも三島由紀夫の小説の題名で有名になったお寺です。
 そのワット・アルンへの近道は海上交通です。ター・ティアン船着場からの出発となります。ほとんど真直ぐに川を横断するだけですから、10分とはかかりません。川を高速で上下する船を避けての横断です。
 全体の構成は、ヒンズー教の神々が住むといわれる神話上の山、須弥山(しゅみせん)を模しています。中央の大仏塔は高さが79mあり、その四方に小さな仏塔が配されています。創建はラーマ1世の時代に遡り、その後、歴代王によって、増改築が繰り返されました。その結果、現在ではタイ国最大のクメール様式の仏塔(プラーン)となっています。
 現在は大仏塔の上部への立ち入りは制限されていますが、途中までは急な石段を登ることが出きます。視界が開け、また別の世界が見えてきました。大仏塔を囲む四方の小仏塔の中段辺りには、それぞれに別の仏像が飾ってありました。遠くから見た限りでは、騎馬像のようにも見えました。
 次に大仏塔の装飾についても少し紹介しておきます。ガイドブックにも載っていますが、彩色陶器片が全体に散りばめられています。ラーマ4世が寄贈された夥しい中国陶磁器です。デザインされているのは、花や植物です。陶磁器片だけでなく、割れていない皿もふんだんに使われています。
 仏塔を覆うこれらの陶磁器が、朝日を受けて神々しく輝く様は、『暁の寺』の由縁となりました。
 陶磁器片の飾りのほかに触れておきたいのが、彫像です。その数も夥しく、しかも多彩です。壁に刻まれた白いレリーフもありますし、独立した像、塔を支えるようにデザインされた像などもあります。それらの像もまた、陶磁器片で飾ってあります。

<ワット・プラケオと王宮>
 ワット・プラケオは、タイで最高の地位と格式を誇る仏教寺院であり、王室の守護寺です。王室専用であり、タイでは、唯一僧侶のいない寺院です。ヒンズー教の神話をアレンジしたラーマキエン物語の描かれた本堂には、高さ66cmの翡翠でできた本尊が安置されています。
 そのワット・プラケオに隣接して、王宮があります。今回の見学では、大掛かりな修復作業に入っているようでした。白壁に囲まれた20万平方の敷地内には、歴代の王により建立された、きらびやかな宮殿群が建ち並んでいます。それぞれに時代の芸術の贅を尽くして建造された建物や調度品には、金や宝石が散りばめられ、権力と財力の象徴を今に伝えています。現在は、国家的儀式や祭典、迎賓館として利用されています。
 見所が多い見学場所ですから、ガイドさんからざっと説明をお聞きした後で、集合場所と時間を決めての自由行動となりました。御本尊は撮影が出来ませんから、ガイドさんが手にした写真を、見せてもらいながらの説明をお聞きしました。
 最初にエメラルド寺院の本堂から紹介しておきます。履物を脱いで中に入ることが出来ますが、御本尊が安置されていますから、写真撮影は禁止されています。ご本尊のエメラルド仏は、高い位置に安置されていますから、細部までは、良く見えません。年に3回、国王自らが、お召し替えをされる儀式が有名です。
 全体が黄金の輝きを持つプラ・スィー・ラタナ・チェディも見ものです。ラーマ四世がアユタヤのワット・プラ・スィー・サンペットを模して建立されたものです。内部に仏舎利が安置されていますが、非公開です。
 この他にも、屋根が段々と重なったタイ様式、とうもろこし形の尖塔のクメール様式、先端が細くなるスリランカ様式などの建物と、その外壁に施された多彩な装飾も、全く見飽きることがありません。

<お決まりコースの後、市内散策>
 バンコク市内の主な見学場所は、ワット・アルンとワット・プラケオでした。その後ではお決まりの免税店巡りなどでした。お断りしたくても、ツアーの場合は、半分は義務のようなものですから、お付き合いは仕方がありません。宝石製造工場の見学の後、免税店での解散となりました。私の場合、夜のディナーショウを申し込んでいましたから、それまでの間が自由行動です。
 自由行動になった後は、BTSを使って市内見学をしました。バンコクに到着した昨晩、既に経験済みでしたから、BTSも地下鉄利用も全く問題ありません。色んな都市を訪れた時の私の楽しみにもなっています。
 気温は30度近くに上昇していたようです。汗をかきながらの市内見学でした。日陰で寝そべっている犬も見かけましたが、暑さで参っている風にも見えました。概して、タイでは犬が大切に扱われているようです。犬さんの方も、穏やかな顔つきばかりでした。

<古典舞踊のディナーショウ>
 昨日、HI*のガイドさんに、オプショナルで、夜はタイ古典舞踊のディナーショウを申し込んでいました。折角、タイへやって来たのですから、古典舞踊も鑑賞しないわけにはいけません。夕方6時にホテルまで迎えに来てもらう約束でした。時間を守ってくれるガイドさんですから、いつも10分前には、約束の場所に行くことにしました。
 ディナーショウの写真が紹介できないのが残念です。実はこの時撮った写真が、カメラごとスリにあったためです。二部構成で、第一部が叙事詩の仮面舞踊、第二部がスコータイダンスでした。
ここで、簡単にタイの古典舞踊等について、紹介します。下の写真の左側は、愛知万博の際にタイ館で披露された南部の古典舞踊です。劇の前奏曲としての踊りです。「サット」と南部の古典劇である「チャートリー」の形式を踏まえた古典舞踊です。軽快な太鼓の音に合わせた早いテンポでの踊りです。
 右側の写真は、インターネット情報から転載した古典舞踊です。当日の舞踊も、この場面に類似していたように記憶しています。

<78歳の現役スキーヤーの母と娘さんのこと>
 HISのツアーで御一緒になった方についての紹介です。投宿したホテルも御一緒だった方です。2日目の半日市内観光もご一緒になった方です。母娘のお二人でしたが、お母さんの方が自分から年齢を紹介されて、78歳の方だと言うことが分かりました。
 実にお元気な方で、歩き方も若い人には引けをとらない方でした。現役のプロスキーヤーであることが、その理由でした。世界的な冒険スキーヤーで登山家の三浦雄一郎のお父さんである、敬三さんともスキー仲間だと話されていました。
 その三浦敬三さんが、『ここ1年ほどで、急に弱ってしまわれたので心配しています』と話されていました。その心配されていた敬三さんが、この旅行の翌月、年が明けた1月5日に多臓器不全のため、101歳で他界されました。謹んで御冥福をお祈りします。
 その後、亡くなられた三浦敬三さんの追悼番組が放映されていましたので、奇しき縁だと思って、そのテレビを最後まで見ていました。ご高齢になられても筋肉を鍛えられる姿に、畏敬の念が湧きました。
 そのプロスキーヤーのお母さんは、ロシヤに行ったり、カナダに行ったりと、寒い国にばかり旅行していて、暖かい国への旅行は初めてだと話されていました。語学が達者なようでした。一人旅も出来る方だとお見受けしました。
 また、最近、ご高齢で亡くなられたご自身の義理の母のことについても、お話を聞くことが出来ました。嫁と姑の関係です。40年以上お世話になって、最初は辛いこともあったようですが、本当に、いろんなことを教えて頂いたと、心から感謝されていました。私に話しながら、傍らの娘さんに教えられていたのかも知れません。お二人は、姓が違っていましたから、普段は別々に暮らされているようでした。


  ワット・アルンで
 暁の塔を見詰て渡る川岸辺に立りラーマ九世

 須弥山を現世に現す尖塔に真を籠し陶器は数多

  ワット・プラケオで
 黄金の尖塔長く天に伸び静に咲ける蓮の花あり

 縁起絵に見惚て暗き回廊に喧騒暫し耳を離るる

2010/08/29 06:08:19

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